■Last Chapter -君を追いかけた日々 その7 -

運命の日。
私はただその場にいました。
オリンピックは特別なものだと思っていたのですが、自分が現地にいるとその感覚が薄れます。
なんか、普通に世界選手権に来てる、くらいの感覚になるようです。
それでもパーク内の賑やかな空気や、どこにでもあるオリンンピックのマークを見ると、ああ、そっか、オリンピックに来たのか、と実感する時もあるのですが。

当日、早めに行けば練習がみれるかもということで朝から並んでいました。
昨日の結果を受けて、連覇の可能性が高くなっていると、ファンも、周りも感じていたのだと思います。

そんな私に友人が、実は足は治ってなくて、そんな状態でリンクに立っていると。
そんなニュースが新聞に載ったことを教えてくれました。
ああ、やはり、という気持ちが一番強かったと思います。
彼が万全だったら、ループにも、ルッツにも挑戦してただろうということ、ショートでサルコウを選んだことも含めて、ある程度、予想はついていたけれど、言葉にされるとそれは重く心にのしかかります。

でも、私は意外と落ち着いた気分でした。
たとえ結果がどうなっても、リンク上で息絶えても、彼は滑り切るつもりなのだろうなと思えました。

見逃しちゃいけない瞬間がきっとやってくる、そう思っていました。

こんなにも他の選手の演技に集中できない観戦は初めてでした。
彼の出番までの時間がとても長く長く感じていました。

6分間練習ではサルコウが決まらなくて、ヒヤヒヤ。
このジャンプがメダルの色を分けるジャンプになると思っていたから。

彼が道を切り開いた真4回転時代。
それでも最終的に彼はソチと同じ種類のクワドは2種類で6本。
本数だけが増えた計算になります。

今シーズンが始まった時に、まさか、彼がこんな戦い方をするとは思っていませんでした。
「らしくない」戦略でもあり、今、この瞬間できうる、最大公約数だったのだと思っています。
だとすれば、その構成できちんと仕上げることが必要になって来ます。
僅差で追ってくるハビやしょーまがいるのもわかっていましたが、彼が落ち着いてやれば大丈夫とどこかで感じていました。

私の心配はどこに行ったの、と思えるくらいSEIMEIは素晴らしい滑り出しでした。
後半の4S3Tが決まった時、ああ、これでメダルは確定したと直感的に感じていました。
でも、後半の4Tがコンビネーションにならなかったのを観て、息をのみ、3Aからのリカバリを観て、これが、羽生結弦だよ、と世界中に叫びたい気分でいっぱいでした。

最後のお散歩ルッツ。
軸が曲がったのが見えて、まずい、と言葉に出たような気がします(はっきりは覚えてないけど)。
かろうじで堪えたのを見て、やっぱり持ってる、と感じていました。
こんな状態でも転ばないなんて。

彼が最後のステップに入った時、このまま走りきれば金メダルが取れる、と頭をよぎりました。
もう私の頭の中で採点の見積もりが始まっていました。
このフリーが何点になるのか、追いかけてくる彼らがどの程度積み上げたら彼に届くのか、と。

フィニッシュポーズの後、彼が雄叫びをあげたのを見て、彼は勝ったと確信してるんだろうな、と思えました。
計算が得意な彼のことだから、全部が頭をよぎったに違いがありません。

全てが報われた瞬間がそこにはありました。
リンクの上に降り注ぐ、プーの嵐は彼がやり遂げたことの証明のようにも見えて。
私は泣くのだと思っていました。
きっと、この瞬間は泣くのだと。

でも、私はカメラを抱えながら、ただ微笑んで彼が噛みしめるその瞬間を追いかけていました。
誇らしげに観客に挨拶をする姿を。
やりきった素晴らしい笑顔で。

つづく(終わらないw)。