■小さな一歩 -優勝おめでとう、圭くん-

今日はダラスの決勝戦をじっくり見ました。
この数試合を通してようやくプレーが圭くんらしくなってて、もうね、嬉しくて、ウルウルしちゃったよ。

怪我して、治っても、今まで通りに自分の身体は動くのだろうか?
あの時出来たことはできるのだろうか?
という風に最初は恐る恐るテニスをしているような雰囲気でした。

でも、今日は違った。
少し彼のプレーに自信が見えてきた感じがしました。
コートのきわどいところを攻めて、相手を振り回すストロークがなんだか懐かしくて。
もう、どんだけ、プレーを見てなかったんだろうって。

復帰おめでとう。
チャレンジャーの大会だけれど、優勝おめでとう。
これからの活躍を楽しみにしてますね。

やっぱり、彼がトップを目指して戦っているうちに生でみたいな、、、一回は。


そして、この週末のデビスカップもとても印象的でした。
圭がいなくてもここまで戦えるようになった。
スコアは3-1だったけれど、どの試合もギリギリまで相手を追い詰めたいい試合でした。
特に杉田くんの精神力には脱帽。
私だったら、きっと諦めてる(ま、それが普通)。




私を観戦廃人にするくらいに楽しませてくれたみなさんに感謝。

 

■Last Chapter -君を追いかけた日々 その3-

オリンピックが終わったあと、彼を追いかける人が増えたなというのは漠然と感じていて。
それはアイスショーの人気を見てもものすごく感じました。
何というか、彼が出てくると、会場のテンションの上がり方がおかしくて。
なに、これ、アイドルのコンサート?みたいなことも有りました。

でも、彼が競技に向かう姿勢は全く変わりませんでした。
それは、きっと、オリンピックに忘れ物をしてきたから。
そう、ショートとフリーを揃えて勝つ、というそれ。
平昌までの4年は彼がその忘れ物を取り戻すための戦いなんだろうな、と思っていました。

このあたりから私にとっては世界選手権は必ず見に行く試合になりました。
きっと、平昌オリンピックが最後になるだろうから、そこまで見届けようと心に決めたのもたぶん、この頃です。

さいたまワールド、上海、ボストン、そして、ヘルシンキ。
よく通ったと思う、ホント。

その中でも、私にとって上海はいろんな意味で忘れれない街になりました。
たぶん、彼が上海での試合に出なかったら、自ら行こうとは思わない国だっったから。 行ってみたら、ご飯が美味しくて幸せだったのですが。

初めての中国杯。
初めての上海。
ゆづの初戦はいつもいろいろあるのが普通なので、あまり期待せず、今年は何が起こるかな、くらいの心づもりでたどり着きました。
ショートで後半四回転に挑戦して、上手く行かなくて。


Yuzuru Hanyu. 2014 Cup of China SP 82.95


フリー番長のか彼に確かに巻き返しを期待していました。
まさか、あんなことが起こるとは思わず。
事件はまさに自分の目の前で起きていて、あ、危ない、と気づいた次の瞬間には二人は氷の上に横たわっていました。
何が起こったか全く分かりませんでした。
しかも中国はSNSが自由に使えない国。
情報は全くと行っていいほど入ってきません。
そんな中、彼が頭をぐるぐる巻きにしてリンクに戻ってきた時は私の心臓が止まりそうでした(いや、そんなにデリケートではないけど)。

 
彼は何度も何度も氷に叩きつけられながら4分半を滑りきったのです。
ロンドンワールドのフリーのときより泣けました。
ホントに放心状態。
ただ、あの何かが乗り移ったかのような妖しささえ醸し出していたオペラ座のパフォーマンスは一生忘れることなく、頭に焼き付いているのだと思える衝撃でした。



そして、NHK杯。 でなくてもいい、とたぶん思っていたと思います。
彼はどうしても出たかった。
GPFのにつなげるために。
あの中国杯を無駄にしたくない、という気持ちで。


2014 NHK Yuzuru Hanyu SP B.ESP2


2014 NHK Yuzuru Hanyu LP B.ESP2

初めて自分を信じることの出来ない羽生結弦の演技を見た試合でした。
ああ、彼でもこうなるのか、と衝撃を受けていた気がします。

その時に印象に残ったのは、ダイスが勝って上がった日の丸を最後まで見届けていたことです。
そこに立つのは自分のはずだった。
日の丸を上げるのは自分のはずだった。
という強い意志が溢れ出ているようなそんな気がしたのを覚えています。


そして、彼は私たちの心配をよそにGPFので復活劇を遂げるのです。


2014 GPF Yuzuru Hanyu SP B.ESP2


Yuzuru HANYU - GPF 2014 - LP


何者なの、、、この人は、、、と何度も何度も驚いて。
私の中でも鬼リピした動画がこのGPFでした。

この年はその後も手術で災難続き。
全日本選手権では何とか、ショート、フリーをすべりきったものの、結局、最後の上海の世界選手権では勝ち切ることが出来ませんでした。
あの事故のあった場所で滑りきったことがすごいことだと私は感じてましたけれど、彼にとっては銀メダルは納得できるそれではなかったのでしょうね。


2015 Worlds - Yuzuru Hanyu SP B.ESP


2015 Worlds - Yuzuru Hanyu FS CBC


しかも事故や病気で自分が目指していた構成で滑ることができなかったシーズンでした。

そう、羽生結弦は常に勝ち続けたわけではなかったのです。 絶対王者と呼ばれてはいたものの、彼の道のりは踏んだりけったり。

そんな中、前に進むこと、自分を進化させることを諦めなかった彼だったからこんなに長い間、応援し続けているんだと思っています。

つづく。

■Last Chapter -君を追いかけた日々 その2-

ソチオリンピックシーズン。

友達とAOIを見に行った日に驚きの発表を聞いて愕然。
GPSのアサインがなんと、カナダとフランス。
今までの慣例では全日本選手権の勝者がNHK杯に入る傾向にあったので、私もすっかりそうなのだと信じてて。
なのに、カナダとフランス。
そしてなんと二戦ともパトリックと当たると聞いて、、、なんだかスッキリしない気持ちになりました。

これでGPSを勝ち抜けないと全日本までゆづを見れないのか、ということに気づいた私の気持ちは初めての海外遠征に一気に傾くのでした。
たまたまちょっと英語が分かるからという理由でカナダを選択。
それが「セントジョン」という聞いたことのない地名で、大西洋が見える日本から一番遠い、と思えるような場所だと気づいたのはその旅行の手配を始めてからでした。
家から現地のホテルに着くまで約24時間の旅。
それでも彼の演技が見たくて。

このシーズンのトピックはクワドサルコウ。

何度も、何度も失敗しても彼はプログラムから決してそのジャンプを外しませんでした。
決定率の高いクワドトウを2本にせずに。

オリンピックシーズンにこの選択は賛否両論あったよね。




GPS初戦、スケートカナダ。
海外の現地観戦はとってもゆるくて楽しかったんです。
現地の人たちは野球とかを見に来てるような感覚で、隣のおじさんはビール飲みながら見てたし、ワイワイ騒ぎながら見てるのも新鮮でした。
ここでトップクラスのアイスダンスを見て、そのカテゴリも好きになったりとか(そりゃ、カナダトップチームを2チーム見ちゃったからねぇ)。


2013 Skate Canada- Yuzuru HANYU SP [HD]


Yuzuru Hanyu 2013 Skate Canada FS 'Romeo and Juliet'


肝心の本人は、、、だめでしたね。

何というか集中しきれてない感じでした。
パトリックに追いつかなきゃ、という意識がで前のめり過ぎたのかもしれませんね。
正直この試合を見た時、何とか、オリンピックに行けたらいいなくらいに思っていた気がします。



二戦目。フランス。
ここでもパトリックに完璧な演技をされて、30点差をつけられて2位。


Yuzuru HANYU - 2013 TEB SP (B.ESP)

https://www.youtube.com/watch?v=LxupuK61sYA


2013 Trophee Eric Bompard - Yuzuru Hanyu (JPN) Free Skate (Canadian TV)

 

GPFには進んだものの、、、ああ、パトリックか、メダルは、、と、私はさっぱり思いませんでしたw。
ああ、神様は羽生結弦にメダルを取らせるつもりがあるのかもしれない、と実は感じたのです。



フィギュアを見ててわかったことは、SPもFSもノーミスの演技ができることってものすごく珍しくて、私達も「神演技」と呼びます。
それをフランスでやっちゃったパトリック。

確かにその演技をしたら誰も勝てないけど、、、、それをもう一度、オリンピックでできる??というのは非常に難しい気がしました。

そして、福岡GPF。
パリ散の鮮やかなブルーの衣装で完璧な演技。
これは何かの幕開けかと。


2013 GPF Yuzuru Hanyu SP ESP


そして、フリーでは結局サルコウは決まらなかったけども、彼が初めてGPFで金をとった瞬間を見ることが出来ました。


Yuzuru HANYU - 2013 GPF FS (B.ESP)



サルコウを外さなかったことは、クワドを決めることが重要ではなかったんだと今は思います。
そのことで3Aが生きたんです。そう、オリンピックで金メダルを取る可能性が見えてきた大会でもありました。


そして、ソチオリンピック。
私はずっとその勝利を信じていました。
団体戦のショートで見せたノーミスの演技、そして、個人のショート。




Yuzuru Hanyu Breaks Olympic Record - Full Short Program | #Sochi365

 

私はその勝利を疑いませんでした。
彼の中にもオリンピックの魔物がいたことはフリーを見て初めて気づいたのです。


Yuzuru Hanyu's Gold Medal Winning Performance - Men's Figure Skating | Sochi 2014 Winter Olympics


演技が終わった瞬間、ああ、これで銀メダル、か、と思いました。
でもパトリックには逆にそれがプレッシャーだったのでしょう。普通にやれば金メダルが取れると揺れた気持ちが演技にでたのかな?と思いました。らしくないミスを重ねて、メダルが彼の手からこぼれ落ちる瞬間を目の当たりに。
ゆづが金メダルを取ったことは嬉しかったけれど、なんだかスッキリしない気持ちでした。

もちろん、一番、その勝ち方がすっきりしなかったのは彼なのだと思うのですけれど。

そして、彼を取り巻く環境は恐ろしく急変したのでした。

オリンピックで彼の活躍を見た多くの人が惹きつけられ、彼の演技を見るためのチケットを手に入れる争奪戦は徐々に激化していきました。

つづく

■Last Chapter -君を追いかけた日々 その1-

平昌オリンピックがもう間もなく開催されます。
たとえ、この後、彼が競技を続けるとしてもこれが最後のオリンピックになるでしょう。
この後の競技人生はいわばエピローグのようなものなんだろうな、と勝手に思っています。

思ったほど心は揺らいでいない。
あまりにも静かな心持ちに自分でもびっくりしているくらい。
なんだかもう私自身も、きっと彼もやるべきことはやり尽くしているという感覚なのかもしれない。
大して長くもない時間なのに、果てしなく長い時間を過ごしてきた気になっています。

その瞬間を迎えるのに、もう一度、私のこの6年の追っかけ生活を振り返ってみようかと思います。(長文になるこは目に見えているので、適当にお付き合いください)

始まりは2012年。
あの瞬間は今でもくっきりと目に焼き付いています。
怪我を庇いつつ、渾身の演技で滑ったロミオとジュリエット。
演技を見ていた多くの人たちが彼に惹きつけられました。
その少年が何を成し遂げるのか見てみたいという気持ちに。


羽生結弦 2012世界選手権 FS(B.ユーロ日本語字幕)


誰かや、何かを追いかけるという経験を初めてしました。
  
駆り立てられるように彼のパフォーマンスを見に行きました。
アイスショーから始まって、最初の試合観戦は雪の真駒内。
あの日、たまたま札幌出張が決まって、ショートの日だけチケットが手に入ったというラッキーが重なってそこにたどりついたのです。


Dec 2012 Yuzuru Hanyu 羽生結弦 SP


ただただ強さを見せつけられたショートプログラムで。
でも会場の空気は外気温よりも冷え込んでいました。
こんなことがあるのかと今でもあの光景を思い出すと背筋が寒くなります。
言葉では言い表せない空気がそこにはあったのです。
あんな会場で試合を見たのは後にも先にもあの時だけ。
それだけ不穏な空気。

そこで私が誓ったことは、いつか若い才能が彼を追いかけてきたときに同じことは絶対しないということだけ。
それを乗り越えても同じことをする人がいるという現実を突きつけられていることはとても苦しく残念です。

順風満帆に見えたシーズンの終わりの世界選手権は衝撃的なショートの失敗から始まりました。


Yuzuru Hanyu - 2013 World Championships - SP


どうしてもリアルタイムで見たくて、会社でスマホ片手にその2分30秒を追いかけていました。
終わった瞬間の彼の無理矢理笑おうとする笑顔を思い出すと今でも泣けます。
全日本王者として、オリンピックの枠とりのために戦った世界選手権で、ショートで9位。
その日に行くはずだった指田さんのライブに行く気力は残っていませんでした。

フリーの日。
なんとかライブストリーミングを探して、フリーをリアルタイムで見ました。
胃は痛くなるわ、手は震えるわ。


Yuzuru HANYU - 2013 WC FS (BBC)

足の怪我も聞いていたので、もう、ただ、最後まで滑りきってくれたらいいと祈りました。
そして、ジャンプがひとつ決まるたびに涙腺が崩壊。
終わることにはほとんど画面が見えませんでした。
骨しか残らなかったとか、散々な言われようだったけれど彼はすべてのジャンプを降りて、4位に浮上。
3枠を確保するために最低限の仕事を仕切って、氷上に倒れこんだ彼の漢気に惚れ直しました。

あとで、ドイツ語解説のフリーの演技を見た時の解説の言葉が宝物になったのです。
「勇気を持つものは世界を手にいれる」と。

【ESPドイツ実況字幕付】 羽生結弦 2013 世界選手権 FS by momo スポーツ/動画 - ニコニコ動画


そしてこのMADを見て何度も、何度も、泣きました。


Yuzuru Hanyu; Here's to Your Amazing Season


つづく。

■Vプレミアリーグ最終戦 in 墨田体育館 その2

もう、忘れそうなので、これも書いておきます。

この週末、もう一人注目してたのはサントリーのセッター大宅くん。
彼が入ってきて、サントリーサンバースの空気は変わったと思うんですよ。
なんか、それまで勝てないだけではなくて、勝ち方の分からないという空気感の漂うチームになっていて、どこへ行っちゃうんだろうと心配していたのですが、勝てなくても彼が入ってきてからのチームはとても前のめりに見えるようになりました。
1人の選手が入っただけで変わるのか?という疑問はあるのですがホントにそんな空気を醸し出していたのです。
だから、とても楽しみで。
本人は反省然りだったようだけれど、彼はよかったと私は思っていました。

あのサントならもっと試合が見たいと思えたのが私にとっての収穫でした。

そして最終戦の堺とサントの試合は私の推しセッター対決でした。
大宅くんも山口くんも大村工業出身。
そして、丁寧なトスを上げるセッター。
楽しみな対決だな、という視点で試合を見ていました。

たぶん、ふたりとも全日本に呼ばれるには背が足らないと言われちゃうのでしょうけれど、彼らのトスから繰り広げられる試合はとてもエキサイティングでした。
できることなら、身長、分けてあげたいよという気分でいるのは私だけではないはず。
高身長であることが有利だというスポーツはほんと、こういう時、切ないよね。

そう言っても、この日も山口くんはブロックを決めてたりしたし、身長だけではないものもあると思うのですけどね。

いろんなスポーツを見てるから身体的特徴が有利不利になるということにはある程度、諦めもついてる部分もあるのですが、
やっぱり、それだけじゃないよな、、、、と試合を見ていて感じたりする気持ちもあったりします。

なにはともあれ、堺は最後に勝って追われてよかった。
FC東京はもうちょっと、何かがあれば、勝てるチームになると思うので、来シーズンに期待!
JTとサントにはF6で暴れてもらって、上位チームを食ってほしいな、というのが私の願望です。

ということで、2/10,11、大田参戦します。
そして、成り行きで24日大阪も行くことに決めてしまいましたw。
その間に平昌に行こうとしてる私はただのおバカです。