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■映画鑑賞 「高台家の人々」 2016.06

もう一本も漫画をベースにしたもの。 

 

この映画に斎藤工さんが出ると聞いて、先に漫画を買い。彼ならこの役をどう演じるんだろうと妄想をしながら、準備した作品。
原作の方がリアルで、映画の方がうまくエピソードを組み合わせて、スマートにまとめた感じ。
原作のなかの「木絵ちゃん」の妄想がどんな風に映画で表現されるのかな?とちょっと心配していたのだけれど、ちゃんとコメディらしく面白く再現されていて、好感度抜群。


この映画の妄想シーンの撮影、とっても面白かっただろうな、なんて。
ひとつの映画でいろんな役柄になれる、ってなかなかないよね。


思いっきり、笑って。
そして、斎藤工さんのイケメンぶりを堪能して、
なんとなくホロっとさせられる映画でした。

おばあさま役で出てたシャーロットさん(マッサンでエリー役をやった彼女です)がいい味をだしてたり、本人たちだけでなく取り巻く家族もとっても素敵。

でも、私はたぶん、テレパスとは結婚できないなぁ。
邪な気持ちが多すぎて、なんてことをぼんやり。

「見られるのと」「見えるのと」どっちがしんどいだろうね。
というのはちょっと真面目に考えてみようと、思ったりしました。

 

koudaike-movie.jp

 

 

■映画鑑賞「MARS」 2016.06

週末は恋愛映画強化月間(w)のため、2本も映画を見てきました。
基本はイケメン鑑賞が目的ですw。

 

■MARS 〜ただ、君を愛してる

原作はこちら。

私の大好きな惣領冬実先生の作品です。
繊細な絵のタッチと、大胆なストーリ展開が好きで、昔はほとんどのコミックを買ってました。
だから、見に行ってみようかな、と思ったのですが。  

 

それと前半をテレビドラマでやってて、その完結編として映画になった感じだったので、ちょっとドラマには違和感はあったけども、ま、見てみるか、という感じで。
いや、これをどう評価していいか正直、分かりません。
藤ヶ谷くんはかっこよかったし(演技は・・・でしたが)、窪田くんの迫力ある演技にもすごいな、と思いましたが、全体としてのまとまり感に欠けるというか、漫画のMARSの世界は何一つなくなっている気がする・・・という残念な結果に。

 

正味2時間、イケメンを見れたので、いいということにしようw。

 

mars-love.jp

 

 

■「翻訳できない 世界のことば」–エラ・フランシス・サンダース

 

翻訳できない世界のことば

翻訳できない世界のことば

 

 

 

今日、この本が届きました。
ネットで見かけてとても気になっていた一冊です。

翻訳しにくい各国の言葉をその言葉の背景と意味をイラストを合わせて紹介している素敵な本です。


たくさん、素敵な言葉に出会うことができました。
私の大好きなポルノグラフィの「サウダージ」の意味がわかったり、日本語では、「積ん読」と「わびさび」が紹介されていたりして。

 

その中でも私が気に入ったのは、この言葉。

 

「マミラピアンタパイ(ヤガン語)」

 

意味は

同じことを 望んだり 考えたりしている 二人の間で
何も言わずに お互いを了解していること
(2人ともも、言葉にしたいと思っていない)


ということらしいのです。


朝から、ネットで男子バレーボールの試合を見ていたので、ついつい、この言葉を見て、この二人を想像していました。
怪我がよくなって、二人が一緒にコートに立っている姿が見たい、と渇望するのでした。

 

 

じっくり待つから。
きっと、ふたりで。 

【TIPS】海外送金って?なにそれ、美味しいの?

2017年のフィギュア世界選手権の開催はヘルシンキです。
ヨーロッパはやく8年前にくらいにカーリングがらみでプラハに行ったくらいで、あまり縁のない場所です。

今まで、フィギュアの海外観戦はカナダ、中国、アメリカに行ったけど、チケットはたいていネット販売で、クレジットカード決済がほとんど。
フィギュアのワールドのチケットは早いと1年以上まえから発売されますが、まさか、フィギュアのチケットを買って、まさか、海外送金を求められることになるなんて

「ところで、海外送金ってなんですか?」

というのが私の反応です。
どうしたら、払えるのでしょう、これ、とまずは途方にくれます。

私の人生の中で初体験です。
周りを見回しても、経験している人はほとんどいませんでした。
ネットで少し情報収集をしながらまずは銀行へ。

窓口の方は恐ろしく丁寧にいろいろと説明してくれましたが、その話を聞いているうちに、何かとてつもない世界なんだということを漠然と感じるわけです。

まずはもらったインボイス
振込先の銀行名はフィンランド語で表記されてまして、ああ、これがフィンランド語で銀行っていみなのね、とか、なんとなく想像してたけど、窓口で英語表記で書いてくださいと言われて、さっそく検索。
うー、これがフィンランド語だって思わなかったよ。固有名詞かと、勝手に思ってたので。

もっとも驚いたのは、正しい金額を送っても、送金先にその金額で届くか分からない、と言われたことです。
経由する銀行、着金先の銀行が送金元に手数料を請求するのではなく、送金された金額から勝手に手数料を引いてしまうことがあるという恐ろしい話。
経由する銀行にはそうしないで、費用は送金元に請求してね、というメッセージをつけることができるそうなのですが、送金そのものの手数料のほかに、そのメッセージをつけるために追加の費用がかかる、と。
しかも着金先の銀行にはこのメッセージが聞かないので、そこで勝手に手数料を取られることを避けることができなくて、もし、それが起きたら、再度、送金する必要があると教えられました。

なんて世界なんだ・・・と呆然とする私。
クレジットカードって恐ろしく便利なモノだったのだと痛感するのと同時に、銀行の世界って難しいわ、という印象をもちまして。

あまりにも知らない世界だったので、それが普通なのか、正しいのか分からないままとにかく可能な保険をかけて送金したわけです。
(騙されてたのなら、誰か教えてくださいw。)
しかも、ある一定額以上の海外送金にはいろいろと気に掛けられているようで、何のための費用ですか?と聞かれる始末。
フィギュアのチケットの購入代金ですと窓口で恥ずかしくも宣言させられる羽目になるとは。
さらには、このお金はどういう資金ですか?なんて聞かれても、答えに窮しますよ、慣れてないし。
自分で稼いだお金の貯蓄の一部です、と答えるけども尋問されている気分。
そんな高額じゃないんですけど(と心の声が飛び出しそうでしたが)。


そんなこんなでなんとか送金をして、結果を待ちわびます。
メールでチケットがあっさり送られてきて、私の冒険は終了。
最後があっさり過ぎて、びっくりしたけども、こんな経験もなかなかできないな、と。

次はもう少しスマートにできそうな気もするけど、もう、しなくてもいいかもしれないw。
四苦八苦したあと、噂によるとお願いすればカードで払わせてもらえたらしい、と聞いて、素直な自分を後悔したりもする。


ま、それも、人生経験w。

■オリンピック雑感-私たちにできること。

オリンピックで次々と予定が進んでいく。
メダル候補と言われていた種目でも、メダルをとれていない競技もある。
ニュースで見ると「メダルを逃しましたね」という一言で終わってしまう。

リアルタイムでその試合を見ると、その壮絶さが少し分かる。
例えば、モーグルの愛子ちゃん。
モーグルに詳しくない私が見ても、3位になれたんじゃないか、と思うくらい、その差は少なかった。
スピードスケート500mもそう。
確かにメダルは逃したけれど、上位選手との差は1秒以下。

オリンピックに出ることができる選手。
その上位陣は、本当に小さな差しかないんだという現実に気づく。

オリンピックには盛り上がって欲しい。
たくさんの人に見て欲しい。
興業的にも成功して欲しい。
頑張ってきた選手に結果として残してあげたい。
4年に一度のお祭りには様々な立場の人々の、様々な思いが交錯している。

だから、テレビでは事前にメダルが難しいということまで言ったりしない。
僅差で取れるかもしれなければ、メダル候補になる。
でも僅差でそれを逃したら、「惨敗」とか言われちゃうんだよね。

私はフィギュアやカーリングのファンだから、この種目の選手の立ち位置が分かる。
誰がメダルを取れそうで、そうでないのか、世界との距離はどのくらいなのか。
どれほどマスコミが煽ってもそれは違うよね、とわかって競技を見ている。
多くの普通の視聴者は事前のマスコミ報道を信じて競技を見ているのだろう。
だから、落胆も大きい。

だけどその戦いぶりをつぶさに見ていたのなら分かるはず。
選手がその一瞬のために真摯に向かい合っているその姿が。
僅差のその表彰台、その高いところを目指して争っている姿が。
それでも誰もがそこに立てるわけではないわけで。

本当にできることならすべての選手にメダルをあげたいと思う。

もちろん、勝つためにそこに向かっているのだから、負けて叩かれるのも仕方ないと思う。
それなら、せめてその競技をちゃんと見て、意見を言おうよ。
ニュースでカットされたシーンだけを見て、否定的な言葉を綴るのは、恥ずかしいことだと私は思う。
そのために4年間を費やしてきた選手に失礼だと、思う。

私たちにできることは声援を送ること。
全力を出し切れますようにと祈ること。
そして、願わくば笑顔で競技を終われて、結果につながることを信じること。

国家の予算を使ってスポーツ振興を進めている以上、結果は必要なんだということは理解できる。
頑張ったけど、結果につながらなかったら、それを分析して、次に繋げる必要はもちろんあると思う。
みんな勝ちたい一心でそこに向かっているはずだから。
でも、それはただの観戦者の役割ではないと私は思う。
そして、マスコミの役割でもない。
その瞬間だけを切り取って、調査不足で、予想すらまともに出来ないマスコミにできるとも思えない。

私たちにできること。
その競技を知ること。
試合を楽しむこと。
その感動や、得たものを自分に活かすこと。

それが私たちにできるすべてではないのかしら?